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初の海外(ハワイ)レコーディング 07.08


ハワイ1971年

昔のハワイの動画です。

とかち新聞 昭和55年7月25日発行 876号より

歌手らしくない男 新浦投手から見た千春
昨年の7月、札幌シリーズがあった。千春は北海道出身だし、球場の王さんのインタビューに来たんだ。ちょうどその時僕が後ろにいて、なんだかんだ話し出して、そのうちに千春が、”新浦さんのファンなんだ”ということになって、”ほぅ、そうかい”ということになって、高校の話とかして、僕もその時松山千春の歌が好きだったし、話してる時にテレビにも出ず、なにか自分のものを持っている男に共鳴し、なんとなく気が合ったんだ。

それで、”そのうちに酒でも飲みに行こうか”ということになり、札幌でメシを食ったりして意気投合して、角たちも一緒に部屋で話したりして和気藹々。千春も良いけど、周りの人もとても良い人ばかりなんですよね。千春と付き合うと、アイツ本当に歌手か?という楽しさもあって、そんな所も好きなんだよね。歌手らしくない歌手、でも歌手なんだ、という感じ。

とかち新聞 昭和55年8月25日発行 877号より

秋のコンサートツアー『風をうけて』の日程表と、コンサートチケットが手に入らないファンの為にと、各地で行われる野球試合の日程。

千春と家族、他スタッフの総勢8名で訪れたハワイ旅行記。7月22日、長女の絵里子の運転で午前10時半に孫の光里とともに足寄を出発。午後6時に札幌に到着、初の海外旅行という事で、検査に来ていた
妻と落ち合ってここで1泊。翌日成田空港へ向かい、一路ホノルル空港へ。食事を取ってホテルへ向かい、その後はワイキキビーチへ。日本人の観光客が多いので、千春が現れると、カメラと握手。翌日はショッピング街へ繰り出し、この日から千春はレコーディングに入ります。レコーディングの合い間にはタクシーを貸し切って島巡り。

『主筆の室』より・・・
レコーディングと言う仕事の為とは言え、ハワイを選んだのは、千春が家族に対し、初の海外旅行を楽しませたいと言う心遣いがあった。ただ一つ残念なのは、大学の実習授業の為に、弟の明人が参加出来なかったこと。この頃の事務所(とかち新聞社)に訪れるファンの数は一日千人以上。

 アメリカ人レコーディングミキサーのJOHN RHYS氏と組んで意欲的な音づくりに挑んだ。東京の一口坂スタジオでサウンドを入れ、ハワイのワイキキにある「SOUND OF HAWAII」スタジオでボーカル録り、その後ハリウッドにあるスタジオでミキシングしてアルバムは完成した(4カ月後に発売される「木枯らしに抱かれて」)。

 両親を海外に同行したのも初めてだった。海の好きな千春が、のびのびとした環境で音楽に取り組めたことも、作品作りの上で大きな成果となったようだ。

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