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NEWSレコード(株)設立 03.03

 とかち新聞 昭和55年6月25日発行 875号より

ニューズレコードについて
ニューズレコードは、今のところ、オレと加川良と清須邦義の3人だけで歌ってるんだけど、スタッフというのはほとんどオレがデビューした時からというか、いろんな形でたずさわってきてくれた連中ばかりで、ここにきて何故作る羽目になったかというと、別に今までのキャニオンレコードがどうのこうのとかいう問題じゃないですね。作った当時によく書かれたんだけど、金が動いたとかね、金は全然関係ないね、動いたとしてもオレに全然関係ないことだから、オレたちだれももらってない事を言っておきたいですね。あそこでマスコミ不信になりましたね。せっかくこれから自分達がやりたい音楽を進めようとすると金だからね。なんで、オレたちが何かおこせば金々って、ものさしではかるのか?

今度のLPは2600円で今までより100円高いのはなぜかというと、これは是非聞いていただきたいんだけど、大体2500円なんだけど、独禁法に引っかかってね、2500円に一致してはならない。今年の暮れあたりからみんな変わってくるんじゃないですか。大きなレコード会社もいっぺんに2600円になり、2700円にやりたいわけ、石油の問題でどんどん原価が上がってきているからやりたいんだけど、規定があるから一律ではなく幅が出てくると思う。

うちは、レコード協会みたいなものに入っていないからこそ出来たんです。音楽というものがバラバラになっていく時代になった。東京だけじゃなくて、北海道でも金沢でも、富山でも、どこからでもあちこちからポンポン出てくるようになると思う。もう東京から新しいものが生まれてくる気がしないものね。東京独特なものは生まれてくると思うけど、日本をリードするようなそんなものは生まれてくるとは思えない。地方から独特のもの終いには日本をリード
していくようなそんな流れが出てくるんじゃないかと思ってるし、だから楽しみだとおもう。

アリスのポリスターやさだまさしのフリーフライトレコードに続き、1980年3月3日に松山千春、清須邦義、加川良の3名により設立されたレコード会社。販売は、キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)が取り扱っていた。ちなみに、LPについては当初からNEWSレコードで取り扱っていたが、アルバムのカセットテープについては、1982年3月いっぱいまで、ポニーが取り扱っていた。
NEWSレコード崩壊後、松山千春が移籍したALFAレコードにNEWSレーベルが設けられたが、1987年発売の松山のアルバム『あなただけの季節』を発表した頃までで、それ以降はNEWSレーベルの表記が消滅している。

所属アーティスト
松山千春
清須邦義
加川良
THE WOOD
阿呆鳥
NICO(nico)
あんべ光俊(AMBE)
山本コウタロー
レジー・スミス
鉄炮光三郎
RCサクセション(ただし、本人たちの了解なし)
Dr.Umezu Band(梅津和時)

出典:ウィキペディア より

とかち新聞 昭和55年2月25日発行 871号より

足寄での千春の生活から
2月7日夜9時半頃、前ぶれもなく千春が車で帰ってきました。同行してきたのは、初めての『さだまさし』さん。北海道でのコンサートツアーを終えてのオフで、千春にすれば大先輩のシンガー・ソングライターですが、
お互いに、『オレ』『お前』『まさし』『千春』と呼び捨てです。

さっそく千春は旧友3人を集合させ、鹿肉パーティーを開きました。この後徹夜マージャン、千春の部屋で寝た二人は翌日の午後2時過ぎに目を覚まし、池田まで食事に出かけた。夕方に帰ってくると、今度は足寄中学校のリンクへ出かけ、スケートで一汗をかき、姉の絵里子と友人による手料理で翌朝6時までさださんを歓迎しました。

今から4年前の昭和51年4月4日、アマチュア歌手としてSTVラジオの日曜日正午からの公開放送番組『サンデー・ジャンボ・スペシャル』の中で、『千春のひとりうた』のコーナーを持たされて、札幌通いをしていた頃が懐かしく、こんなに売れっ子歌手になるとは予想もしていなかった。

千春はラジオでも新聞雑誌にでも、常に足寄を拠点にしていることを明らかにしているので、いつでも足寄にいると思われているようで、毎日朝から晩まで5分おきくらいに『千春さんいますか?』『千春さんを出してください』といった電話がかかってきます。こういった状態ですから仮に千春が家に帰っていたとしてもいちいち対応していたら、作詞作曲どころか、食事すら出来ない状態なので、ご理解をお願いいたします。

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