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第1回北方圏さっぽろ国際フェスティバル・松山千春「愛を贈る」開催。(札幌大倉山ジャンプ競技場)


北方圏さっぽろ国際フェスティバル~八木弘和さんと


知床旅情/1984年・札幌大倉山ジャンプ競技場(再アップ)

とかち新聞 昭和59年5月25日発行 922号

マスコミが描く千春 デビューのころ
千春がはじめて大新聞に取り上げられたのは、昭和52年1月22日付の北海道新聞で、社会面のトップに六段抜きで「全国で人気上昇 足寄にフォークの松山千春あり 初めてレコードも でも町を離れない」
との見出しで、記事は次の通りでした。ラジオ放送で自作のフォークソングを歌い続けている十勝管内足寄町南3区、松山千春さん(21)が、全国のヤングたちの心をとらえて人気を集めている。23日には教育テレビで全国放送、また25日には初めてのレコードが発売される。が、本人は「ボクはこの町を離れません」千春さんは20年間足寄町でタウンペーパーを発行し続けてる松山明氏の長男。今、父の取材活動を運転手として手伝うかたわらフォークソングを作詞作曲、昨年5月からSTVラジオの「サンデー・ジャンボ・スペシャル」に毎週出演し「千春のひとり歌」(15分)で3曲づつ歌い続けている。毎週2曲が自作の新曲なのでかなり忙しい毎日だ。ラジオ放送で次第に人気が出、23日には教育テレビの番組「大空の詩」と「足寄より」。いずれも明るい曲で若者同士励まし合おうといった歌。

また25日には、キャニオンレコードから初めてのレコード「旅立ち」「初恋」が発売される。フォーク界で期待される新人としてのデビューである。松山さんは足寄町生まれで49年足寄高校を卒業した。
高校三年生の時、土方のアルバイトをして五千円のギターを買った。ギター奏法は独習。高校時代に5曲作曲し、卒業後の50年に全国フォーク音楽祭に十勝代表として参加した。道代表にはならなかったが、ユニークな個性が認められ、昨年5月からSTVラジオ番組のレギュラーに。ヤングたちがあこがれるタレントへの道を着実に進んでいるのだが、松山さんは言う。「ボクは父の仕事の手伝いと自分の音楽を同じ重さで受け止めています、それに都会の生活より自然の美しい足寄の生活環境を選びます。だからボクはこの町で歌を作り歌い続けます」。自宅2階の6畳間にぺたりと座り、ギターを抱えて音を探し、それを畳の上に並べた五線譜の上に。こうして作り出されたフォークソングは100曲にもなったという。

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