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カセット・テープ企画「松山千春GOLDシリーズ」を発表。02.21

カセットテープ世代でした。レコードもジャケットの大きさに惹かれて2枚くらい持っていたけど、聴くのはカセットテープが多かったです。カセットテープは自分で録音したり、ダビングしたりできるので小学生の頃は暇さえあれば、オリジナルテープを作ることに熱中していました。ラジオから曲だけをうまく録音して、つなげていったりすごく楽しかったな。時間がかかる作業なので他のことは何もできないし、今考えると無駄な時間だったかもしれないですがすごく自分にとっては熱中できる作業でした。CDが主流になってからはそういう作業をしなくなってしまい、ただCDを聴くだけになってしまいました。おそらく、カセットテープの何も録音されていない状態のものを自分で作り上げる作業がかなり楽しかったのだと思います。自分の声を録音して聞いてみたりもしていました。歌ってみたりとか。これがかなり楽しいんです。自分の声って自分では聞こえないから新鮮です。初めて録音した自分の声を聞いた時は、私はこんなに声が汚いのか!と結構ショックを受けましたね。カセットテープ、今の子は知らないんだろうな。
厚木のコンサートで、松山千春さんがカセットテープを使って録音して曲作りをされていることを初めて知りました。千春さんは曲作りは昔からずっとそうやってきているそうです。カセットテープって人間の創作意欲を高める魔法でもかかっているんじゃないかって思えるほど使いやすい、頭で理解しやすいです。テープの表と裏。どこまで聴いたかテープの量で判断できる。失敗してもまた最初からかぶせて録音できる。変なもの作っても消しちゃえば誰にもわからない。デジタルでも出来るのでしょうが、録音したものが一瞬で消えてしまったりするトラブルはアナログではありませんから安心です。もちろん今の技術には昔のものはかなわないし、私のようなおばさんには十分に理解する自信もありません。ただ子供だった私にとってカセットテープ、それほど場所もとらないし、車ですぐに聴けるので音楽が身近なものになったのは間違いないです。レコードよりは…。

 とかち新聞 昭和59年1月25日発行 918号より

主筆の室より・・・
「とかち新聞」は、千春がまだ生まれる前から、十勝管内の足寄町と隣り合わせの本別町や陸別町の三町を対象にしたローカル新聞として、十日に一回発行していましたが、千春がデビューして人気が出てから
というものは、芸能人には珍しく自分の住居を北海道の足寄町と公表しているので、本人の留守中でも全国からの来訪の方が多くなり、電話も郵便物も増えてきて、とても三町のローカル新聞の取材の為に出歩く事が出来なくなったので、これまでのローカル新聞ではなくなる事を三町の方々にお断りして、千春関係の情報誌に転換したわけです。

千春の年末年始は、例によって大晦日の夜に帰宅して足寄神社の初詣へ、元旦は友達とマージャン、二日は高校の体育館でバスケットの試合、夜はファンがたむろしている喫茶カトレアに顔を見せ、カラオケで演歌を歌ったりします。

千春の場合、普通の歌手と違って単なるコンサートではなく、昨年の場合は、「今、失われたものを求めて」、秋は「眠れない時代」というように、これがそれぞれのコンサートタイトルでりLPのタイトルでもあって、両方で千春が何かを訴えようとしているメッセージであり、テーマでもある。

千春がいつも言うように、「俺の歌は生きざまである」、作られたウソではなく、生活の体験から生まれたものになるので、ヒットを狙うわけでもなく、単なる娯楽作品の歌でもないわけです。だから、「○○○コンサート」、「△△△ショー」という見世物ではなく、千春なりの考えを聴衆にに訴えるのが目的で、それだけにこうした歌手への支持者はミーハー的な方々よりも、本人の生き方、考え方に共鳴される方々が多く、根強いことで息の長い芸能生活を期待しています。

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