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5万人イベント「ビッグ・サマー・シーン′82/大いなる愛よ夢よ」開催。(札幌市真駒内屋外競技場)07.24

~トーク満載!! 伝説のライブが今、蘇る~

82年8月24日、真駒内屋外競技場で行われた伝説のコンサート。会場は全国から集まった5万人のファンで膨れ上がる。
「6年間の勝負に勝ったと思う」という伝説のMCも収録。

セットリスト

<オープニング>
大いなる愛よ夢よ
(インストゥルメンタル)
長い夜
旅立ち
銀の雨

人生(たび)の空から
夜よ泣かないで
君が好きさ
父さん
悲しい時には
サンバ
浜辺
黄昏
はまなす
大いなる愛よ夢よ
季節の中で
車を止めて
長い夜
夢の旅人

とかち新聞 昭和57年4月25日発行 897号より

5万人の野外コンサートに向けて・・・
当初は河川敷地に会場を作り、10万人規模の予定でしたが、万が一、河川が増水する危険性もあったので、79年ビックサマーシーンで使用した、屋外競技場に決定した。以前は横に使っていたが、縦にすれば5万人は収容できる。問題は音響で、道内には35台しかないウーファーを、60台も必要とする事である。そして何よりもこの記者会見では、120名もの報道陣が詰め掛けてきた。

とかち新聞 昭和57年5月25日発行 898号より

巨人軍選手との対談より・・・
プロ野球と芸能界という違った世界だから、良かったと思う時がある。同じプロでありながら、俺たちは言い訳がきく。けっこう芸能界は、過去の栄光にすがって生きていけるし・・・歌うにしろ、例えば、”すいません、今日は風邪を引いたんです”って言える。

そしたら聴く側も、風邪を引いているのなら仕方ない・・・ってね。ところが、プロ野球の世界は、”風邪を引いてますんで”と言っても、打たれたら負けは負け。結果が全て、それが年俸にかかって自分にはね返ってくる。そういう意味で言い訳が出来ないギリギリの極限状態の中で一生懸命プレーしていると思う。

とかち新聞 昭和57年6月25日発行 899号より

ビッグイベントを前にして・・・
前回(1979年)のイベントで千春は、2万5千人の大観衆を集めた事で、北海道勢のパワーを証明し、自らは神話となってスーパースターとなった。

イベントが終わった千春は、『デビューしてここまでが起承転結の”起”とすれば、ここからは、”承”になる。そんな区切りをつけるために、このイベントは、最高だった』と言った。今回のイベントで、これまで5年間に蓄えてきたもの全てを吐き出したいと思っている。全て吐き出してゼロになれば、また新しい道が見えてくるんじゃないか、そういうふうに思っている。言うならば”転”の時代への突入である。

とかち新聞 昭和57年7月25日発行 900号より

主筆の室より・・・
『とかち新聞』もとうとう900号に達しました。昭和29年に創刊したので、今年で28年目。1000号に達するには、あと8年頑張らなきゃなりません。

足寄の前は、故郷の栗山で『栗山新聞』を、岩見沢では、『空知新聞』をそれぞれ一人で発行していました。千春が段々有名になってきて、千春支持者向けの新聞に変更したら、お陰さまで購読者が10倍以上に増えました。その他、ラジオ番組内で電話による『若尾文子』さんとの初対談。

とかち新聞 昭和57年8月25日発行 901号より

主筆の室より・・・
お天気だけが頼りの一発勝負、3年ぶりの真駒内での5万人コンサートに、全国各地から『てるてる坊主』が送られてきた甲斐もあって、絶好の”千春日和”となり、会場の楽屋で大勢の来客に囲まれて千春も上機嫌。幸いにしてケガ人は無いものの、失神者が130名。

当日集まった男女比率は、女性7割、男性3割。道内2万8千人、道外2万3千人。会場のゴミは4トン車20台分でした。今回のイベントは、費用もPA規模も巨大なものとなった。11tトラック4台分の機材、これらのセッティングと宣伝費の総額は1億3千万にものぼる。だが、会場が満杯になっても、1千5百万の赤字。

とかち新聞 昭和57年9月25日発行 902号より

松山千春に感動した!富沢一誠氏
去る7月24日、真駒内野外競技場で行われた、『ビッグサマーシーン大いなる愛よ夢よ』に5万人が集まった。5万人と言っても驚かない人も居るかと思う。オフコースは武道館で10万人(10日間)、アリスは武道館7万人(7日間)集めたからである。しかし、北海道という交通事情での5万人とは、東京の20万人に匹敵するのではないかと、そんな感じがする。

このイベントは千春にとって、6年間に区切りをつけるという意味で次の新たなる目標に向かってチャレンジャーになろうとしている事だ。イベントの最後に千春は、『俺は勝った』と宣言した。今までアーティスト自身の口から、勝利宣言を言った人が居ただろうか?そんな千春は立派だと思った。更に立派だったのは、『俺は今一度チャレンジャーとなって戦い、そしてチャンピオンになってまたここに帰って来たい』と言ったことだった。

主筆の室より・・・
ゴルフはブルジョワ趣味だと言って敬遠していた千春だが、昨年秋くらいからゴルフづいて、一生懸命である。おかげで、顔も身体も真っ黒で体調もよろしいらしい。

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